ありのまま、あるがままの誤解

こんにちは、セラピストゆうこです。


私は2度結婚しており、2度離婚しています。


世間的に言えば、結婚に失敗しているという見方ですが、


セラピストになったことによって、言い方は間違っているかもしれませんが、


「治験」って感じでデータには事欠かない感じです(笑)


今日は、最初の結婚から2度目の結婚までの心境について書いてみたいと思います。


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23歳の時に入った会社で彼と出会いました。


3歳年上で、背が高く、スーツがとてもよく似合う温厚な男性でした。


会社では社長の右腕として活躍しており、なんかステキだな~と思ったのを覚えています。


彼と結婚することを決めた理由は、自分らしくいられるから。


喜怒哀楽全部全開にしても受け止めてくれそうだから。


何でも許してくれるから。


あは。超わがまま(笑)


4年後に私にとってとても大きな出来事があって離婚することになりました。

(ストーカー事件については機会があればまたシェアしますね)


私にとって大事な時にちっともそばにいない仕事人間の彼と離婚し、この結婚はなんだったのかと振り返ってみると、自分らしさ、ありのまま、あるがまま、ということについて、随分と自分が履き違えていたことに気づきます。


その気づきは離婚原因とは直接結びつかないのですが、子供はいなかったものの独身に戻るということは相当なプレッシャーや不安を感じていたので、自分なりにかなり内省したのです。


第一に、自分以外の人が「お似合いのカップル」と言ったことを鵜呑みにして、彼の本当の人間性をちゃんと見極めていなかった。


第二に、私自身も私の本当の人間性を理解していなかった。


私が思っていた「あるがまま」は単なるわがままであり、エゴの塊であったことを悟ったのです。


そう、ありのまま、あるがまま、というのは、エゴを取り除いた奥深くにあり、私の本当の光の部分は自分もまだ理解していないのだ!という壮大な結論に至りました。


そこから私の探求は始まったような気がします。


ほどなくして、2度目の結婚をすることになる彼と出会い、ここでまた、自分らしさ、ありのまま、あるがままについて大混乱します。


私が見つけた私らしさは、ことごとく2度目の夫とは相反する。


自分はこう思う、という意見が全く噛み合わないのです。


私はまだ自分に自信がなく自己肯定感が低かったので、つい彼に迎合してしまい、結果的に彼の好きなように家庭が形作られていき、最後に私も息子も窒息死寸前になって別居に至ります。


私は2度の結婚と離婚を通じ、本当の自分、あるがまま、ありのままを探し続けることになったのでした。


2度目の夫とは出会ってから20年以上経ちますが、この20年の間、振り返ればただの一度も本当の自分で生きることが出来ませんでした。


この人といると自分が自分でなくなってしまう。息子もだ。

大きな決断でしたが、夫が出て行った日、あの日の解放感は今でも忘れません。


自分の心に従うことの素晴らしさを感じ、でもそれ以上に重くのしかかる責任と負担を引き受け、私は今でもまだ本当の自分を探求しています。



ありのままって、簡単に言うけど実は奥深いのです。


もし今あなたが、「本当の、本来の私はどんな人間なの?」思っているとしたら、是非一緒に探求の旅に出ましょう。


お待ちしていますね。



いつもありがとうございます。


愛と感謝をこめて