信じ抜くこと、寄り添い続けること

セラピストゆうこです。


金木犀の香りがいつの間にか消えて、秋の中でも少しずつ季節が移り変わっているのを感じます。


日本の四季って、素晴らしいですね^^



さてさて。



私は今、信じ抜くことと、寄り添うことの学び中です。


って書いてみたら、あれ?ずっとそうかも、ってたった今思いました(笑)



罪やミスを犯した人は、社会的に制裁を受けることがありますよね。

でも、コンプライアンス、という言葉が出てきて以降、その言葉によって、制裁がもう、「葬り去られる」っていうくらいのダメージになるようになりましたよね。


あまりにもひどすぎない?って思う制裁が、ほんと、増えた。


アメリカなんかは、コンプラ大国である一方、やり直すチャンスもちゃんとある気がします。


あるいは、うちの息子は元不登校児で、学費もバカにならないのにほとんど学校に行かなかったし、大学受験も失敗し、予備校も前半はテキトーな感じで通っていて、それこそ「お金の無駄なんじゃないか」と思って、業を煮やしてもいました。


でも、なんていうか、コンプラ問題を犯した私の友人にしても、うちの息子にしても、もう信じてあげるしかないよなぁと思うのです。


根っこにある「善」をね。


もちろん、「悪」も認めた上で、「善」の部分を見る努力です。



信じるってことは、相手にとって、ありがたいとは限りません。


自分のことは放置してくれ、忘れてくれ、と思っているかもしれないからです。


関わり方には細心の注意を払いつつ、信頼することとそっと寄り添うこと、それが伝わらなくてもいい、見返りは期待しないこと、という学びをしているこの頃なのです。


昔、どうにもこうにも問題ばかり起こす子がいた時も、ちゃんと叱り、ちゃんとハグし、ちゃんと受け止めた結果、とてもいい傾向が出始めました。


どんな人にも愛情は必要だし、掛け続ければ伝わるんだな~と思いました。


だから今、信じ抜く、寄り添うという学びの相手も、辛い渦中の中でもがきながらも必死で応えてくれようとしていることが嬉しいです。



罪を犯す人や、不誠実なことをする人にも、そうなってしまった理由、心理的背景があります。


そこに目を向けると、大きく両腕を広げて受け止めたくなるんですよね。


どんな人間も、愛するに値すると思いたい。


その人にたとえ愛されなくても、慈愛は向け続けたい。


今まさに、そんな毎日です。



どん底の暗闇にいてもがいているあなたへ。


どうかセラピストを頼って下さいね。