手放すことと手を離すことは似ているようで大違い

こんにちは、セラピストゆうこです。


4連休、あっという間に終わってしまいました。


時間の流れって、本当に早いですね。


実は私、究極の出不精でもありまして、、、というか、日々外に出て働くことが多かったので、休みの日はひたすら家の中でじっとしているタイプなのです。


息子は「休日ニート」と言います(笑)


今回はほどほどにニートでした♬



さてさて。


以前、なぜかひとりの部下に異様に手をかける人がいまして。


ま、そこにはその方自身、あまり直接触れられたくない感情もあるのですが、それは割愛するとして、とにかく、目をかける手をかけるの特別扱いエコひいき。


本人はいろいろ理由をつけていますが、私の目から見たら特別扱いエコひいき、なのですから、近しい人たちも私以上に「なんなのかしら」と思っていたに違いありません。


すごく可能性を感じてすべてをかけていろんなことを伝授して、それなのに、ある時、一番して欲しくなかった過ちを犯したことが発端で、多分1年近く「トラブル」として私に相談をして来ました。


最後のほうは私も段々、これは直球を投げないと収束しないな、と思ったので、触れられたくない部分にズバッとストレートを投げ込みました。


その痛さに汗が噴き出して顔が真っ赤になり、怒るかと思いきや、「そうだよね」と素直に認めてくれました。


「多分、その人のことを手放したほうがいいと思います」と伝えると、「いろいろ大変なことがあって、メンタル的にも落ち込んでいるから、手を離したら見放されたと思ってしまうかもしれないの。だから、手を離せない。」と言いました。


やっとタイトルに追いつきました!笑


手放すと、手を離すって、似ているようで意味が全然違うんです。


たとえば育児もそう。


手を離したらダメですよね。


でも、手放すのはOK。


わかりやすく言えば、手放すとは、「信頼して放牧する」って感じでしょうか。


最初はどこに行くかわからないので、見張ってないといけないけど、よほど変な方向に行かない限りは黙って見守る。


しばらくは放浪して戻ってこないかもしれないけど、信じてあげてさえいれば、いつか気づきを得て成長して戻ってくると思うんです。


それを首に縄をつけたままでは旅にも出られないし、常に飼い慣らされたペットのように従順でいるけれど、時として野生化したほうが逞しくなるはず。


そういう意味で、あなたはいつだって手を伸ばして待っていて、あの子はそれが必要な時にはいつでも掴めると知っていればいいのだ、と伝えました。



私がクライアントさんとのセッションで、あれこれと指示しないのは、放牧したいからです。


選択権と主導権は常にクライアントさんにあります。


だって、私の人生じゃない、クライアントさんの人生ですもの。


迷った時や、答え合わせをしたい時には、いつでもここで待っているよ、とお伝えしています。


そのよりどころがあるからこそ、安心して旅に出て行けるんじゃないかな、と。


大切な人ほど、ぎゅっと握りしめず、信頼して背中を押して自由にさせてあげる器を、まずは自分が持ちたいなと思います。


セラピーは、悩みがある時だけ来るんじゃなく、漠然と、「変わりたい」という思いだけでもOKです。


そしていつか、私の側にあなたがなってくれて、誰かの背中を押してあげて下さいね。



一緒に学んでいくためのセラピーもありですよ^^



いつもありがとうございます。


愛と感謝を込めて☆