目に見えないことにこそ、自分の本質が宿ってることを忘れるなかれ!

最終更新: 2020年8月2日

セラピストゆうこです。


今日は久しぶりに丸の内のオフィスに出勤しました。


少し遅いランチを食べて、本屋さんで大好きなステーショナリーを眺めて。


ほんの少しの間でも在宅勤務じゃ味わえない街ブラを楽しみました。


なんかスッキリ♬



さてさて。


今日、知人から電話が来て、いわゆる「見える人」の話になりました。


知人が「見える人」から、「すごい念が飛んできてる。お祓いとパワーストーンが必要だ」と言われたそうで、「パワーストーンのブレスレットを作ってもらいたいんだけど」というご注文の電話でした。



見えないものが見える。いわゆる霊視であったり、透視であったり。


これね、否定しません。


ある意味私も見えるから。


でもそのスキルと付き合い続けて思ったのは、見えないものが見えたとしても、「それがどうした」なのです。


オーラの色も見えます。

チャクラの中にある情報も見えます。

お化けも見えます。

(時として病気の情報が見えることもあります。)


でもね、「それがどうした」なのです。


念が飛んできている?生き霊?


それを聞くと、「どうにかして下さい」って誰でも思いますよね。


で、お祓いとかするわけです。


お祓いは悪くないです。別にいい。


一番大切なのは、どうして念が飛んできたのか、なのです。


「念を飛ばされているその人」自身が、それを引き寄せてしまう原因があることを決して忘れてはいけないのです。


それを忘れて、念を飛ばしている人を安易に悪者扱いにしてはいけないのです。


全ては因果応報原因と結果の法則

自分が引き寄せる「タネ」を抱えていることに気づかなければ、お祓いをいくらしても解決しないんだとわかってほしいのです。


私には、念を飛ばされている側の人間の心の弱さが見えました。

厳しく言えば自業自得です。

 

それは霊視や透視じゃなくても、言動や行動で心理的な背景が丸わかりなだけで、不思議な理由などひとつもないのです。



私は子供の頃から、理解を超えた不思議な体験がたくさんあります。


どうにも説明のつかない不思議なことが山ほどあります。


そんな私がたどり着いた、「それがどうした」って言う持論を今夜は記事にしてみました。


勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし、と野村監督も言っていましたよね。


そう、ネガティブな結果に「不思議」などないのです。


自分にぜーーーんぶ、答えが備わっています。


たいていネガティブなゾーンの住人は、自分を責めるような言動をします。

「どうせ自分なんて」「結局自分が悪いんですよ」みたいな。

でもその根っこは、全然自分が悪いなんて思ってないから、「どうせ」っていう枕詞がつく。


この時代に、そんな初級編をやっている場合ではありません。


そこにつけこんでくるエナジーヴァンパイアの餌食になるだけですから。


縁切り寺もパワーストーンも、それがきっかけでネガティブなゾーンから抜け出せるなら、全然オッケー。


依存にならなければね。


自分が変わるためにそれらを用いるのはオッケーだと思います。



私がヒプノセラピーにこだわっているのは、自分の不遇を「目に見えないなにか」のせいにするのはもうやめて、ちゃんと自分の内側と答え合わせが出来るから。


いい加減、スピリチュアルごっこは辞めて、地に足をつけて、着実に自分を変容させていきませんか?


そしたらきっと、不思議の勝ちあり、っていう出来事も不思議と舞い込みますよ!


現実をしっかりと生き抜くセラピーを是非体験しにきてくださいね。


マインドではなくハートで生きるためのセラピーです。


ここでお待ちしていますね。



いつもありがとうございます。


愛と感謝を込めて☆