私自身のヒプノセラピー体験記

セラピストゆうこです。


今日はヘアサロンに行ってきました。


3週間おきに白髪染めをするのですが、最近、カラー剤の有毒性について気になっていて、友人からヘナを勧められていました。


そんな時にFacebookでヘナについて発信している方からお友達申請があり、今月、ヘナ会なるものに行ってみることに。


思っていたり考えていたりしたことが、こうやって向こうからやってくるのって、すごく面白い。


改めて、意識って、繋がってるんだなーって思ったので、今日はヒプノセラピーを自分が初めて受けた時に起きた「繋がり」の体験記を書いてみたいと思います。



そもそも自分にセラピーが必要だと思ったのは、ハタチの頃に付き合っていた彼氏のお母さんのひと言でした。


「あの子はいい子だけど、お母さんを許せたらもっといい人生になるのにね」


と、彼氏に言っていたそうなのです。


別に母の悪口を彼氏のお母さんに言った覚えはないのですが、カウンセラー的なお仕事をしていた人なので、見抜いていたのかもしれませんね。


そこからずっとそのことが頭にありました。


私は母ととても折り合いが悪く、小学校の低学年の時から、「早く学校を卒業して東京に行って一人で暮らすんだ」と思っていました。


母から記憶の限り一度も褒められたことがなく、過干渉で、少し門限に遅れただけでも部屋を荒らされて日記を読まれたり、どうしてこんなことを私にするんだろう、って憎しみでいっぱいでした。


そのくせ、母がパートから帰ってくるのをいつも心待ちにしている自分もいて、帰ってきた!と思って今日の出来事を話すとケンカになる、の繰り返しでした。


父親も職人でものすごく無口で口下手でしたから、褒めて欲しくてがんばっても、だーーれもちっとも褒めてくれず、私はだんだんとひねくれていきました。


なので、学校や部活では、とにかく目立ちたくて仕方がない、っていうイヤなやつに。。。笑


当然、嫌われますよね。


小中高、とクラスメイトに無視されたのは、2つ理由があって、1つは保育園から高校までずーーっと一緒だった幼なじみの嫉妬と、もう1つは褒められたいばっかりにヒーローになろうとするあざとい私の性格のせいだったと思います。


そんなこんなで友達のいない青春時代は、東京に出てきてからも続きました。


いい友達もいたけれど、どうせ自分はいつか嫌われるんだ、と思い込んでいるので、自分から心を開くことはなかったです。


そして、2度目の結婚で、私の中の承認欲求が爆発します。


何をするにも決定権がなく、夫の言いなりで、積もり積もって感情的になると「おまえって、なんか、頭が変だよね」と言われるようになり、「私はどこかが壊れているんだ」と思ったのです。


その時に出会ったのが、ブライアン・ワイス博士の「前世療法」という本でした。


そこからいろいろ調べて、退行催眠に興味を持ち、退行催眠の中には「インナーチャイルド療法」という手法があって、私に合ってるんじゃないかと思ったのです。


なんと、ワイス博士のお弟子さんが日本にいらっしゃると知り、2時間近くかけてサロンにセッションを受けに行きました。


それが、今のマイティーチャー、大槻麻衣子先生です。


やっと本題です(お待たせしました!)


麻衣子先生のセッションは、カウンセリングがとっても丁寧で、しかも同い年で子供の年齢も一緒で、私の悩みを本当によく理解して下さって、安心感がハンパなかったです。


催眠で心の庭に降り立ち、そこから小さい私がいる「おうち」へと向かいました。


小さい「私」はお風呂場に隠れていました。


父が雇っていた職人さんが、工房からトイレを借りに我が家に入ってくるのですが、その時、用もないのにリビングに来て私を探すのです。


時に、ちょっと行き過ぎたスキンシップがあって、私はそれがいやで、その人の足音がするとお風呂場に隠れていたのでした。


小さい「私」に、安全だから出ておいで、と声をかけ、そこから大人の「私」と子供の「私」の対話が始まります。


先生は私に、「お母さんに出てきてもらいましょうか」と誘導し、催眠の中に母が現れ、こう質問しました。


「お母さん、どうしてピアノの発表会に来てくれなかったの?」


その質問は突然湧いてきたもので、自分自身びっくりしたのを覚えています。


催眠の中の母は無言でした。


セッションが終わって家に帰り、その日の夜、母から突然、電話が。


「なんだか急に変なこと思い出しちゃってね。謝らなきゃって思って電話をしたの。」


そう!もうおわかりですね。


母は「ピアノの発表会に行かなくてごめんね」と言ったのです。


催眠の中でした質問の答えが、その日の夜、母の口から聞くことが出来たのです。


私が憎くて発表会に行かなかったわけではなく、感受性の強い母ならではの理由でした。


「ステージにいるあなたを見たら、緊張で自分が倒れてしまう。ましてあなたが演奏を間違えたら私は死んでしまう」


んなわけあるかい!って言いたくなりますが、母はドキドキしすぎてステージの我が子を見ることが出来なかったのですね。


そして「でも今思い出したら、なんてことしたんだろうと思って。みんな家族で観に行っているのに、あなたをひとりぼっちにさせたのよね。」と電話の向こうで泣いているのです。


ええ。淋しかったです。客席にはみんなの家族がいるのに、私はひとりぼっち。


演奏が終わって楽屋に戻って、ひとりで漫画を読んで時間を潰しました。


すごく上手に弾けたのに。



それよりなにより、セッションで母と向き合い、その数時間後には答えがもたらされるというミラクルな体験を通してわかったのは、「私たちは意識下で繋がっているんだな」ってことでした。


科学的説明は一切出来ません。

が、事実なんです。



ある時、クラシックのコンサートに行き、チェロの演奏に感動し、「そういえば、セロ弾きのゴーシュっていうお話ってどんなんだったっけ。家に帰って調べよう」って考えていたら、自宅に戻ると夫が息子にセロ弾きのゴーシュのアニメビデオを借りて観せていました。


ぼんやり考えていたことが、これまた数時間後には答えがもたらされたのです。


夫と私は繋がっていたのですね。



で、わかったのは、私がヒプノセラピーで癒やされたら、母にも癒やしが起きた、ってことなのです。


このHPのトップにも書いてあります。


誰かを変えるより、まずあなたが変わる。


困難な状況の中で、自分は悪くないと思っているかもしれないけれど、自分自身の心の成長が周囲の大切な人に与える影響は、とにかく計り知れないのです。


このセッション以降、私はとにかく、自分の心の成長にフォーカスして来ました。


あれから17年経ち、自分がヒプノセラピストになっているのも、また不思議なことですよね。


ダイナミックなミラクル体験をしたからこそ、このセッションの素晴らしさを叫べるのです。


誰かや何かや環境のせいにするのは簡単ですが、苦しいことです。


自分の心の中にある「タネ」を美しい花に育てるために、時間とお金と心を使いませんか?


全力でサポートさせて下さい。


お待ちしていますね。


いつもありがとうございます。


愛と感謝を込めて☆