自分が大人になって思うこと、親になって思うこと

こんにちは!

セラピストゆうこです。


先週の予報に反して暑い日がまだまだ続きますね。


それでも季節は着々と秋へと変化している・・・


そして苦手な冬がやってくる。


気が早いですか?笑



さてさて。


自分が大人になって思うこと、親になって思うこと。


親って万能だと思っていませんでしたか??


私に出来ないことを親は出来るんだとなぜだか信じていました。


18歳で上京する時、心配性の母は家族総出で一緒に夜行バスに乗り、寮と職場をチェックし、涙ながらにお別れをしました。


当事者の私はどこ吹く風。


ワクワクしかない。


帰省するたびに泣きながら見送る母を見て、過保護だな~と思っていました。


ある日、母が地元のローカル電車からJRに乗り継ぐことが出来ないという話を聞いて、ものすごくびっくりしました。


東京みたいに複雑な地下鉄があるわけじゃないし、改札を出て改札から入ればいいだけじゃん、って思ったのですが、地元を出たことがない母にとっては大冒険なのですね。


どうしたらいいかわからない、と戸惑う母を見て、私が思っている頼もしい大人ではないのだと知った時の衝撃は今でも忘れません。


未だに東京には一人では来られない、と言っています(笑)


そして私が親になった時に思ったのは、自分がとても未熟だなぁと痛感するたびに、私をハタチで産んだ母が大人であったはずがない、ということです。


母の子育てはお世辞にも素晴らしいとは言えませんでしたから。


伯母から言わせれば「着せ替え人形を扱ってるみたいだった」と。


なぜだか私のことを天才だと思って、「褒めたら伸びなくなると思って褒めなかった」と言っていて、そのおかげで私はすっかりねじ曲がった自己肯定感の持ち主になってしまいました(笑)


34歳でいろんな経験を積んで母になった私が思ったのは、親は完璧では無く不完全で未熟なものなのだ、ということです。


それを体感して、あれほど大嫌いで大好きだった母を全面的に許すことが出来ました。


そのきっかけは、ヒプノセラピーのインナーチャイルド療法でした。


催眠状態の中でセラピストに誘導され、母と対峙したのです。


セラピストに促されて私がした質問は、「お母さん、どうしてピアノの発表会に来てくれなかったの?」でした。


なんとその日の夜、母から突然電話が来て、「ピアノの発表会のことを許してね」と言ってきたのです。


本人も、どうしてそんなことを突然思い出したのかわからない、と言っていました(笑)


その後も、「安い靴を履かせてごめんね。足が冷たかったよね」とか、「あの時はどうかしていた」とか、いろんなことをごめんねごめんね、と言ってくるようになりました。


私が息子に接しているのを見て、「自分もあなたにそんな風にしてあげられたらよかった。あなたが私に似ず、立派な子育てをしてくれていることが嬉しいわ」と言っています。



親に対して言いたいことがある人は多いと思います。


でも、親は私たちが思っているほど完璧ではないし、だからこそそこから私たちは学べるのです。


今でも母の言動に「まったくもう」と腹が立つこともありますが、そこはお年寄りとして大目に見ています。


年老いた人に変わることを要求するのは無慈悲ですからね^^


親に限らず、あなたより年上の人もまた、完璧ではないのだと思って受け入れてみると、少しは気持ちが楽になるかもしれませんよ^^



いつもありがとうございます。


愛と感謝を込めて☆